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オボーとは何か

オボーは音楽と直接は関係ないが、オボー祭などで音楽が伴うので、オボーというものについて少し書く。
 そもそもオボーとは何だろうか。一般的には複数の石でできた小さな塚を指す。小山や丘の上、領地的境界や道端にあるともされる。石塚のそば、あるいは上に木の枝が立てられ、そこに細長い布切れが結わえられている。モンゴル国ではオボーに対し、オボーの周りを足元の石塚の石を真ん中に投げ積みながら3回回るというのが正しい態度とされる。またはミルクをかけて捧げる。最近では道端のオボーに向けて、車で通りかかるとクラクションを鳴らして敬意を表する、という現象も見られる。
 渡邊日日(2010)『社会の探究としての民族誌』、三元社によれば、ブリヤートには石塚も木の枝もなくそれとは分からないが、それがオボーと知っている人は硬貨やお菓子などの供え物を投げる(しかしそこにはオボーらしきものは何もない)というタイプのオボーもあるという。
 歴史的な成立経緯はよく分からない。シャーマニズムと関わりが深い、と一般的に言われているが、確たる証拠はない。原始宗教に由来し、仏教伝播の際にも生き残ったとも言われる。一方、後藤富男(1956)「モンゴル族に於けるオボの崇拝: その文化に於ける諸機能 」(『季刊 民族学研究20(1・2)』、日本民族学会、pp.47-71)によれば、oboүaという語がHua-i-i-yü(華夷訳語)以前の文献ではほとんど見つからないため、オボーは明代のチベット仏教伝播以降のものだと言う。探検家のP.S.パラスは同様の者はシベリアのツングース系民族やチベットにもある神の住居としている。
 とにかく、オボーをめぐる仏教とシャーマニズムの議論は複雑であり、Bawden, Charles R., “Two Mongol Texts Concerning Obo-Worship,” Confronting the Supernatural: Mongolian Traditional Ways and Means, Bawden, Charles R., Wiesbaden: Harrassowitz, 1994, pp. 1-19,によれば18世紀後半のモンゴルのチベット仏教高僧メルゲン・ディヤンチは「オボー設置の手引き書」と「オボー崇拝の儀式次第」を書いている。彼は、シャーマニズム由来の血なまぐさい生贄を仏教僧の立場から嫌いながら、民衆に支持されるオボーの儀式そのものに対してはそれほど否定的ではなかった。ただ学問僧らしく、依るべき聖典なしに祈祷書を記すことには抵抗があったのみのようである。祈祷書ではオボーの機能=土地神の住処、道しるべ、大きさ、装飾は仏教のやり方に沿ってオボー祭祀の方法の明確化の必要性があったが、それまで依るべき古文書がなかったのでメルゲン・ディヤンチはこれを書いたという。オボーを立てるための地鎮祭から定期的な祭祀まで、チベット仏教的な要素を入れて仏教僧が参加して行えるよう詳細に規定している。もしオボーが仏教と関係なく生まれたとすれば、18世紀後半、非常に巧妙にモンゴル人の自然崇拝を仏教に取り込んだということになる。
 現在のオボーの意味は、モンゴル系諸民族の民族性を主張する語りの中に取り込まれており、ますます複雑な様相を呈している。
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Yapony Bagsh

Author:Yapony Bagsh
Welcome to the world of Mongolian music! I've studied Mongolian language and musical culture in Ulaanbaatar(the capital of Mongolia) for one year. I hope you enjoy various music of Mongolic peoples.

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