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チンギス・ハーンお抱えの伝説的楽士は実在したか

 モンゴル国を代表する文学者の一人だったTs.ダムディンスレンの編んだ『モンゴル文学の精髄百の知存在す』という文学選集に、チンギス・ハーンおかかえの馬頭琴弾きの話が出てくる。
 チンギスの妻が朝鮮遠征から中々帰らず、3年たっても便りをよこさない夫を呼び戻すために、宮廷楽士アルガスン・ホールチ(ホールチとは楽器奏者)を遣わした。アルガスンは長旅の末、チンギスの野営に辿り着き、他の者に理解できないよう夫人の言葉を隠しメッセージとして入れた詩を吟じた。チンギスのみはこれを理解し、すぐに夫人の許へ帰った。同じく王宮に戻ったアルガスンはしたたかに酔い、チンギスの「黄金のホール(ホールは楽器のこと)」を取ってしまう。その所業はすなわち死を意味した。処刑のため衛兵が遣わされたが、彼らはアルガスンを憐み、処刑の命が下ったことを知らせ、早急にチンギスに許しを請うよう助言した。アルガスンは再び御前でお詫びの気持ちを詩にのせて吟じ、いたく感じ入ったチンギスはこれを許したという。
 この話は中世モンゴル民族の音楽に対する考え方を示す逸話として音楽学者のS.ツォードルやJ.エネビシらが引用したりして広まった。
 このエピソードは、『元朝秘史』ではなくロブサンダンザン著の『蒙古黄金史(アルタントプチ・17世紀成立)』から引用された。だが、この話は全く馬頭琴とは関係なく、アルガスンはチンギスの弓弾き(ホルチ)で、盗ったのは「黄金の弓矢(アルタン・ホル)」だったというのが真相のようである。
 実はダムディンスレンがモンゴル文学選集を出版する際に利用したのは17世紀に書かれた手写本ではなかった。使われたのは19世紀にドイツ人学者I.J.シュミットによる写本だった。この写本ではアルガスンの職業がホールチ(楽器奏者)なのかホルチ(矢筒を持つ者)なのか、どちらにでも読めるという。
 Sh.ガーダムバの研究によればオリジナルのテキストは「ホルチ(矢筒を持つ者)」であり、この弓取りのエピソードは『元史』などにも出てくるという。またG.カラによれば「ホル」という単語は当時は矢筒という意味で非常に一般的な語だったという。
 結局ダムディンスレンは、本当は「ホルチ(矢筒を持つ者)」と書いてあったのを写本のせいで誤読してキリル文字転写した可能性が高い。したがって、モンゴル音楽を学ぶ人々の間でよく知られたこの逸話も、誤解の産物であり、モンゴル人ナショナリストの言う馬頭琴の起源は中世、という説は全く根拠を失うと言ってよい。
参照:•Marsh, Peter K. The Horse-head Fiddle And The Cosmopolitan Reimagination Of Tradition in Mongolia. New York:Routledge, 2009.
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Author:Yapony Bagsh
Welcome to the world of Mongolian music! I've studied Mongolian language and musical culture in Ulaanbaatar(the capital of Mongolia) for one year. I hope you enjoy various music of Mongolic peoples.

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