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B.F.スミルノーフ著『モンゴルの民俗音楽』

B.F.スミルノーフ著『モンゴルの民俗音楽』(Смирнов, Б.Ф. Монгольская народная музыка, Москва, 1971.)
目次
1、モンゴル音楽のフォークロア入門
2、モンゴル音楽のフォークロアの発展の歴史的条件
3、モンゴル民俗音楽の共通の性格
4、民謡と民俗旋律の分類
5、モンゴルの五音音階の特殊構造
6、歌のような呼び声、ギーンゴー、家畜に歌うように呼びかける
7、音楽と言葉
8、モンゴル民謡の歌詞の連と音楽的構造
9、ボギン・ドー
10、オルティン・ドー
11、モンゴルの革命歌、新しい民衆の歌
12、合唱
13、民俗楽器と器楽音楽
14、古代の歌曲創作、民謡における失われた儀式の要素、モンゴルの叙事詩の語り手の生きた芸術
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B.F.スミルノーフ著『モンゴル民族の音楽』

B.F.スミルノーフ著『モンゴル民族の音楽』(Смирнов, Б.Ф. Музыка народной Монголии, Москва, 1975.)
目次
1、モンゴル人民の生まれた歴史
2、古代のテクストにない声を上げた歌と呪文
3、音楽の音律組織 モンゴル民謡
4、特殊な音楽の音律とハーモニー
5、民俗楽器と器楽
6、新しい生活の歌
7、語り手とモンゴルの劇場が音楽文化の中でどのように発生したか、どのように音楽文化を生んだか
8、創作歌曲
9、発達した伝統音楽のフォークロアと、創造的なモンゴルの作曲家
10、芸術の変化
11、利用と発展 色々な方法・表情豊かなモンゴル民俗音楽と作曲家の作品
12、スミルノーフの思い出

C.ペッグ著『モンゴルの音楽・踊り・口承文芸』

キャロル・ペッグ『モンゴルの音楽・踊り・口承文芸』(Pegg, Carole ”Mongolian Music, Dance, & Oral Narrative”, University of Washington Press, 2001.)
目次

謝辞

1、パフォーマンス
第一部 民族性・歴史・場を演じる
2、交流
3、声の芸能
4、楽器と踊り

第二部 聖域を身体化する
5、民間信仰の儀式
6、シャーマン化
7、仏教の実践の伝統

第三部 社会性、時間、空間をつくる
8、家庭内儀礼
9、スポーツと遊び
10、牧畜と狩り

第四部 政治的アイデンティティの転換
11、社会主義的国民意識
12、分離と多様性
13、さいごに


モンゴル語語句
インタビュー資料
参考文献
索引

扉文
 音楽、踊り、口承文芸は、それらの演じ手、受け手をして民族的、政治的な共同体の一員たりえさせ、さらにこの世とあの世、あるいは歴史やそこに登場する英雄たち、はては精霊たち、神々までとも結びつけるアイデンティティを生み出す力を持っています。本書はそんな力への賛歌なのです。
 芸能において、モンゴル人たちはモンゴル社会の三つの異なった文化的時代区分を呼び起こします。彼らの多くは、公式には古きモンゴルの伝統とされている様々なものに従事していますが、その伝統は1921年の社会主義革命後に個人のレベルで行われてきたものであったり、再創造されたものであったりします。中には1990年の民主化以前に知られるようになった伝統のソヴィエト式変形とでも言えるような芸能を生き永らえさせていたり、他にも世界の舞台において他の音楽との出会いを享受する中で新しい舞台芸術創造に挑んでいる人がいます。
 かつてのモンゴルでは、信仰がモンゴル人たちの自己認識の基礎となっていたし、自然界に満ち溢れ、その一部をなすとされている霊的存在と人間との交感は、芸能によってなされていた。キャロル・ペッグはモンゴルの民間信仰、シャーマニズム、仏教が織り成す重層的モザイク状態に対しすぐれた見解を示しています。
 社会主義政権は多様性を持っていたモンゴル人のアイデンティティを、芸能をイデオロギー操作の道具として使いながら、単一で、均質で、社会主義的な一つのアイデンティティをもつように融合させようとした。1990年民主革命が平和裏に起こって以来、モンゴル人はあからさまに芸能を「モンゴル性」を打ち出すために、差異を再び立ち顕すために、そして民族的、宗教的、政治的、ジェンダー的、階級的つながりの復活のために利用し始めています。ペッグは数多くの純粋なレパートリーに光を当てることによってモンゴル人と、再びモンゴル社会を演じている彼らの芸能の多様性豊かな様を明らかにしているのです。

 キャロル・ペッグはケンブリッジ大学の社会人類学部と音楽学科で教鞭をとっており、『イギリス民族音楽学』誌の編集者も兼任している。彼女は民族音楽学者として、また演奏家として1987年、モンゴル、内モンゴル、中国の辺鄙な地で遊牧民と行動を共にし、また都会に住むモンゴル人たちとも活動を行った。彼女はイギリスや香港在住のモンゴル人音楽家ともツアーを行った。

P.マーシュ著『モンゴルにおける馬頭琴と伝統の国際主義的再構築』

Marsh, Peter K. The Horse-head Fiddle And The Cosmopolitan Reimagination Of Tradition in Mongolia. New York:Routledge, 2009.

図表リスト
まえがき
序章
1、革命以前のモンゴル社会における二弦弓奏楽器
2、国民音楽文化の建設
3、ソヴィエト・モダニズムと国際主義的ナショナリズム
4、N.ジャンツァンノロブとモンゴル音楽のナショナリズムの再創造
5、フォーク・リヴァイヴァルと馬頭琴の再構築
6、オルタナティブな音楽史の根強さ
インタビューリスト

参考文献
索引

序章
 この研究は現代モンゴルにおける伝統文化とその過去との関係の問題を議論の中心としている。その核となるのはモリン・ホール、つまり2弦の弓奏楽器、馬頭琴である。1990年代にナショナル・アイデンティティの偶像かつこの国家の古代以来の文化遺産の象徴となった楽器である。その過去の歴史に焦点を当てる一方、民族の象徴としての在り方が非常に現代的な意味での文化の伝統を代表もし、その構造と付随する意味を変化させてもいる。その変化はモンゴル国自身が激動の時代を迎えた20世紀に起こった。
 20世紀末のモンゴル社会はその世紀の転換期と同様に興味が尽きない。あらゆる意味でそれらは各々2つの根本的に異なる社会象徴している。つまり主に田舎の伝統的とされる遊牧の社会と主に都会のコスモポリタン的な工業社会またはポスト工業社会である。ソ連の支援により成し遂げられた1921年の人民革命後、数十年間西洋的近代化の道が選ばれたことで、モンゴル国では進化論や科学的法則、合理主義に基づいた「新しき社会」が育まれることとなった。多くのモンゴル人は積極的に生活面、労働面でその新しい道を、そのように世界で存在することを受け入れた。しかしいわゆる「古き社会」を過ごした人々の時代を過ぎると、2つの社会の断絶はますます大きくなった。20世紀末までに、モンゴル人の過去へのノスタルジーと独自の文化的アイデンティティ喪失への危機感は「古代」や革命前との連続性を取り戻す欲求となっていった。モンゴル人たちがすでに崩壊しつつあったソ連からの決別と完全なる政治的経済的文化的独立を達成した時、このような動きは1990年の民主革命を引き起こした環境を形成する一助となった。
 現在のモンゴルと革命前との関係の本質はしかし、複雑でまだまだ解明されていない。自らを独立国家だと規定する中で、モンゴル政府は現在の主権の正当性を示す手段として、過去との連続性を強調している。2000年代初頭のウランバートルで、この正統性は、国会議事堂前のチンギス・ハン廟建設の際にも文字通り主張された。鉄と石による巨大な構築物が立てられ、チンギスと13世紀と14世紀の他の大ハンの像が立てられ、今の国家は彼らこそがモンゴル国の礎を築いたとみなしている。ナショナリズムが社会を構築する根本的なシステムとして社会主義にとってかわり、芸術が、この場合は彫刻と建築だが、直前の過去との断絶を表している。

J.エネビシ著『口頭伝承と記譜音楽の相互関係』

Ж.Энэбиш, Аман уламжлалт болон бичгийн хөгжмийн харилцан шүтэлцээ, Улаанбаатар: Монголын Соёл, Урлагийн Их Сургуулийн харъяа Соёл, урлаг судлалын Хүрээлэн, 2007a.[エネビシ『口承の伝統と書かれる音楽の相互関係』]

目次
現代のモンゴル音楽芸術(1921~1941)
まえがき(G.リンチェンサムボー)
導入
序論
第1章 革命の実情と新時代の音楽文化の発達
1、音楽教育機関の設立
2、歌手、演奏家の養成とレベルの向上
3、新しいジャンルの音楽作品の誕生

第2章 革命歌の旋律の歴史的伝統
1、革命歌の資料
2、創作歌曲の旋律と歌詞の理論

第3章 新時代の民衆の叙情歌の旋律作法の基礎
1、M.ドガルジャブの声楽作品
A.オルティン・ドーの構造、作法の研究
B.ボギン・ドーの構造、作法の研究
2、M.ドガルジャブこそ新時代の音楽芸術の創始者である
結論

文献表

導入
 我々はあるテーマについて書くとき、まず大昔の典籍を紐解くのではなく、単に選び取ったテーマに関する時代に狙いを定めて、ソ連の音楽学者(P.ベルリンスキー、S.コンドラチェフ、B.スミルノフ)および自国の音楽学者(J.バドラー、D.バトスレン、D.ダシドルジ、S.ツォードル)の基礎研究をたたき台もしくは理論的、方法論的基礎として用いた。
 D.ダシドルジとS.ツォードルは『民俗音楽の天才たち』という著書の第1章で、モンゴルの民俗音楽にかかわる問題を歴史学の基礎文献、外国人の旅行記に記された情報を利用して、モンゴルの歌謡芸術、楽器の歴史を書いた。またその第2章ではM.ドガルジャブ、O'.ロブサン、D.イシドラム、O.ダシデレグら新しきモンゴルの選りすぐりの歌手や演奏家、全部で20人の経歴、活動について、学問的で興味深い情報を記している。

D.ツェデブ他監修『音楽研究』

D.ツェデブ他監修『音楽研究(「モンゴル国の科学」叢書 第22巻)』、モンゴル国立科学アカデミー、ウランバートル、2009年(Л.Оюунчимэг,С.Соронзонболд,Ж.Энэбиш,Л.Эрдэнэчимэг, Хөгжмийн урлаг судлал(Монгол улсын шинжлэх ухаан 22),Улаанбаатар,2009.)

目次 
序文 モンゴル音楽の発生論 J.エネビシ
第1部 古代モンゴル部の音楽 L.エルデネチメグ、L.オヨーンチメグ
第2部 モンゴル宮廷の典礼音楽 S.ソロンゾンボルド
第3部 モンゴルの宮廷楽団の楽器 L.エルデネチメグ、L.オヨーンチメグ
第4部 ペルシア絵画に描かれたモンゴルの楽器 S.ソロンゾンボルド
第5部 モンゴルの伝統音楽概論 J.エネビシ
第6部 モンゴル諸部族の音楽 J.エネビシ
結語 J.エネビシ

序文 モンゴル音楽の発生論
 研究者たちはモンゴルの伝統音楽を分析するに当たり、個々の作品について特に注目し研究してきたわけでもなければ、それと分かちがたい自然環境や地理的な影響、芸能伝承者たちの、中でもその美的感覚、または表徴や象徴性にはごくわずかな注意しか払ってこなかった。
 モンゴルの自然や地理的条件、気候はそれそのものが音楽である。特に極端な差異を伴う四季の変化は人々の美的世界に音楽の幾千万もの光明、豊かな色彩のパレット、そして律動を与えるのである。
 遊牧民族であるモンゴル人にとって最も音楽に満ち溢れる季節は春である。春になると、陽光は輝きを増し、氷と雪は解け、緑は芽吹き、森羅万象が動き出す。風の力も増して山々を渡る風自身がホーミーとなる。葦や笹が風音を立てて歌う。凍っていた川は息を吹き返し激流を作り出す。水鳥たちは南の国から戻り、湖水に集い歌を歌う。母家畜たちのお産のころには遊牧民の家々では子家畜の声が聴こえ、併せて人々の労働の節が祖国の四方八方に響き渡る。
 世界が広がる夏がやってくると、乳や馬乳酒が溢れ、祭りが賑やかに執り行われる。競馬の騎手の子供たちの、馬を励ます「ギーンゴー」の歌声が草原に鳴り響く。祭りの広場からは力強い力士の呼び上げ、競馬の呼び出し、弓の名手を称える「オーハイ」の節がこだまする。家々では馬乳酒の香りが漂い、拳遊びの歌が絶えない。

J.エネビシ著『現代モンゴル音楽史Ⅰ』

J.エネビシ『現代モンゴル音楽史Ⅰ』、文化芸術大学文化学部、ウランバートル、2011年(Ж.Энэбиш, Орчин цагийн монголын хөгжмийн түүх, Улаанбаатар, 2011. )

著者:J.エネビシ
 芸術学博士、音楽学者、評論家。この20年間に、伝統音楽および現代音楽の歴史、理論の諸問題に関して、『音楽の伝統の革新』1991年、『モンゴル人の歴史文化事典』共著2004年、『チンギス・ハーン辞典』共著2006年、『遊牧民の音楽概念における潜在意識』共著2006年、『モンゴル音楽の口承と記譜の相互関係』2007年、『芸能評論、すなわち精霊を喚起するイラクサなり』2007年、『20世紀モンゴル音楽芸術評論の思想概観』2008年、『20世紀モンゴル音楽研究論文選集』監修2008年、『音楽学(科学アカデミー叢書22)』共著2010年、『文化芸術研究』共著2010年など、単著および共著による本を出し、30以上の修士、博士論文を指導し、無形文化財保護を主題とした10本以上のドキュメンタリー番組の制作に携わった。馬頭琴、オルティン・ドー、ホーミー、民族楽器オーケストラに関する大統領令の発案の発起人の一人を務めた。彼の研究はロシア、中国、韓国、アメリカでも出版されている。現在遊牧文明国際研究所研究員。

目次
前書き
推薦者前書き
序文
第1部
人民革命期における音楽作品(1921-1940)
第1章 専門音楽教育の開始、作品、音楽教育機関の発足
第2章 革命歌の旋律と歌詞の伝統、革新
第3章 モンゴル最初の作曲家、音楽学者でありプロフェッショナル音楽芸術の礎を築いたM.ドガルジャブ
第2部
社会主義建設期における音楽作品(1941-1971)
第1章 大衆歌
第2章 大規模な音楽作品
第3章 声楽作品
第4章 独奏、室内楽作品
第5章 吹奏楽、軽音楽
第6章 劇音楽、映画音楽
第7章 音楽批評

結語
参考文献

序文 20世紀のモンゴル国の伝統音楽と現代音楽のイントネーション、リズム、対位法の書法の対立
 現代モンゴル国の作曲家達は、よく知られた民謡の旋律や、語り物の音楽、伝統楽器の旋律を引用したり、編曲したり、変容させるというより、西洋音楽の形式を全て習得し、その基礎の上に民族の作曲家の流派、国民音楽を形作ってきた。
 彼らはその国民音楽を形成するに当たり、一方でソ連の作曲界の社会主義リアリズムの豊富な経験、あるいは西洋音楽の大作曲家による一般的な技法、つまり対位法や書法に学び、他方では5音音階の旋法である単旋律の伝統的旋律や遊牧民独特の即興性、その場にある物事を表現する民族音楽の独自性に立脚していると言えることが、これらに関する我が国の研究によって明らかにされている。
 この序論ではモンゴルの作曲家達が遊牧民の口承の伝統的音楽にどの程度向き合い、それを新時代の音楽作品にどの程度利用されてきたのか、その技法について民族の音楽の伝統と革新、継承の問題として私自身の考察を述べてみよう。
 作曲家で指揮者でもあったJ.チョローン(国家賞受賞、人民芸術家/1928-1996)は彼自身モンゴル初のヴァイオリン奏者の一人(なんと独学で修めた)として1949年、オーケストラとの協奏的作品《ヴァイオリン二重奏曲》を、1951年には同じく協奏的作品《二つの民謡主題による変奏的小品》を書いた。これらはモンゴルにおけるヴァイオリンのための作品の嚆矢であった。
 チョローンは前者の作品には《ゴーリンゴー》、《バータルツォグトの姻族》という2つの民謡の旋律を、後者には《丸い蹄の褐色馬》、《二心》という2つの民謡の旋律をホモフォニー(和声音楽)の技法でアレンジした。言い換えれば、彼は上記の2つの作品で、緩急2種の民謡旋律を主題として利用したのである。
 ここで《二つの民謡主題による変奏的小品》について若干の楽曲分析を試みる。作曲者は作品の形式として変奏曲を選んで、ヴァイオリンとオーケストラと言う編成に合わせてオーケストレーションを施した。これは当時としては大変な冒険であった。
 なぜなら、まず第一に当時わが国の音楽界に西洋のオーケストラ、中でも西洋の弦楽器が入って来てまだ間もなかったこと。第二に、その演奏技法の伝統は全く確立していなかったこと。第三にそのような楽器のためにモンゴル人によって書かれた作品は全く存在しなかったこと。第四にヴァイオリンそのものの高い表現力、豊かなテクニックを引き出すために、楽器に対する研究、演奏法の習得をこれからしなければならなかったことによる。
 チョローンは非常に短期間でヴァイオリンを習得し、ヨーロッパおよびソ連の作品を演奏できるようになった。このことは《変奏的小品》を作曲するうえでの基礎となった。
 《変奏的小品》の形式的普遍性、律動の独自性、優れた管弦楽法、国民性に寄り添った音使い、これらすべてを、この曲の楽曲構成、拍子、調性に対する分析により明らかにすることができる。
 この曲の構成は、《丸い蹄の褐色馬》の主題をA、《二心》の主題をB、作曲者自身によるブリッジ主題をCとすると、A(Andante),A1(Piu mosso),C(ここまでD-dur),B(Allegro),B1(Meno mosso Accelerando),B2, B3(Allegro)(ここまでA-moll),A1(Andante),C(ここまでD-dur)となる。
 上記分析からすると、モンゴル人がヴァイオリンと言う楽器の表現力の豊かな可能性をモンゴル的な旋律を用いていかに引き出すことができるかと言う課題に対し、チョローンがうまく解答を導き出していることがわかる。他方、5音音階の理論というモンゴル音楽の表現語法の基礎を変奏曲という形式を借りて豊かにしている。こうして独奏、管弦楽の相互関係、各変奏の受け渡し、展開、管弦楽法、調性関係、ヴァイオリンの表現力などの多くの重要な問題に対し、理論の裏打ちを忘れず、民族の独自性を保ちつつ解答を与えている。最も重要なのは、人口に膾炙した民謡の旋律をモンゴル人の耳なじみのある形にとどまらない楽器法やホモフォニー形式により高い芸術性を担保し、聴衆の美的共感を呼ぶ国民的作品となしえていることである。ここに彼の革新者としての心があるのである。
 我が国の作曲家たちが新時代の作品を書くに当たり、民間に伝承されているオルティン・ドー、ボギン・ドー等の民謡を引用するだけでなく、革命歌の旋律も利用した例がいくつもある。そのような作品の一例が作曲家Ts.ナムスライジャブ(人民芸術家、国家賞受賞/1927-1987)による管弦楽作品《革命の英雄的行進曲》である。ナムスライジャブはこの作品に《キャフタ砦》、《幾年》、《薄黄色の太陽》などの有名な革命歌の旋律を利用し、行進曲の新しい形式を作り上げた。
 モンゴル国社会の生活を音楽により高らかに歌い上げた次の段階の大規模作品が《わが祖国》と題されたモンゴル初の交響曲である。交響曲《わが祖国》は人民芸術家で国家賞を2度にわたり受賞したL.ムルドルジ(1919-1996)により1957年にモスクワ音楽院作曲科の卒業作品として書かれた。この交響曲は4楽章制で、楽章ごとに速度、強弱、展開が、古典的交響曲の形式にのっとって構成されている。《わが祖国》はモンゴル人民の独立、自由のための闘争、勝利、栄光、苦悩を1つにまとめ上げた新時代の音楽史の金字塔であると言えるだろう。

N.ジャンツァンノロブ著『モンゴル音楽における音感の原理』

N.ジャンツァンノロブ『モンゴル音楽における音感の原理』、モンゴル国立文化芸術大学、ウランバートル、2009年(Н.Жанцанноров, Монгол хөгжмийн эгшиг-сэтгэлгээний онолын утга тайлал, Улаанбаатар, 2009. )
著者 N.ジャンツァンノロブ
 1948年ウブルハンガイ県生まれ。1971年ウランバートル市の国立師範学校の音楽教師科を卒業後、ウクライナのチャイコフスキー記念キエフ国立音楽院(現キエフ音楽アカデミー)で作曲、音楽学を学び1979年に卒業。芸術学博士号を持ち、現在モンゴル国立文化芸術大学名誉教授。
 著書に『モンゴル音楽の12の肖像』(1996)、『音楽用語小事典』(1996)、『目覚める知性を呼び起こせ』(1998)、『大歌手の話(J.バドラーによるインタビュー原稿の編集書籍化)』(2005)、『オルティン・ドーの伝統的な用語より』(2005)、『モンゴル音楽における五音音階理論の諸問題』(2006)、『音楽・時代』(2006)がある。

目次

序文
第一部 モンゴル伝統音楽における五音音階の理論的理解
1.1.旋法という概念の基礎
1.2.伝統音楽の五音音階の理論的依拠
1.3.五音音階と単旋律の関連性
第二部 モンゴルの現代音楽に見られる感性の型
2.1.「プロフェッショナルの音楽」という概念の略史
2.2.ナショナルな「プロフェッショナルの音楽」における五音音階の作法
2.3.モンゴルの現代音楽の諸楽派
結語
本著作のモンゴル語による音楽用語注
著者注
訳者注
参考文献

序文
 人間の知識、信仰、倫理、美学のイメージに没入し、全人格によって作り出されるが芸術作品の特質の一つだ。これはもちろん音楽作品の基本的特質でもある。音楽は音によって表現される、旋律、リズム、和声、もしくはそれに噪音を含んだ複合体であり、それにより、人間の本質および歴史、伝統、政体、社会、自然と人間のつながりの、幅広く価値ある領域の包含を示すものである。人間の進歩、社会の発展、自然界の摂理などといったものの基本原理への一致、不一致があることは、「結局、社会の発展の源泉は人間の本質たる文化である 」ことに結び付いてくる。音楽という芸術は文化の中でも物質的なものではなく、精神の大部分に作用する特殊な分野である。この点で、その精神活動の本質、あるいは民族の独自性に関する研究が、現代の学問的水準によって方向づけられることは、社会および人間精神、そして表演芸術の発達の基礎的な問題に答える際に可能な限り助けとなるべきである。
 モンゴルの芸能文化について、モンゴル人が何百年もの間持ち続けてきた世界観を「可視化」するように作り上げ、伝承されてきた伝統文化の価値ある遺産となったものを、数々の研究者がそれぞれの切り口から研究を重ねている。音楽芸術、作品について、モンゴル民族の伝統音楽、例えば馬頭琴、三弦などの楽器、叙事詩、オルティン・ドー、ホーミー、前世紀初頭から中葉に発生した新しい時代の音楽史、理論上の諸問題の研究は研究者の能力、著作によって成熟の様相を呈している。
 前世紀後半から始まったモンゴル国の“プロフェッショナルの音楽 ”というモンゴル人が取り入れ概念化した(換言すれば、西洋芸術音楽の主流をモンゴル音楽の土壌に“根付かせた”)音楽の包括的な研究が割合存在するのではあるが、そのことと同時に、一方で西洋音楽の理論的尺度から研究を試み、他方ではこの“他者の”音楽の類を作るに際し伝統的な音楽がいかに影響し、民族の特色を見出されるという側面に対し行われた観察に限られているのである。とはいえ、今日の音楽芸術は西洋古典の伝統的形式を、多少誇張して言えば、“写し取り”始めたことにより、西洋音楽にもなりきらず、自らの音楽の伝統にその“他人”の作ったものを適合させたことによって民族の伝統芸術とも原理的に異なる独立した分野を築くまでに成長した。
 我々モンゴル人は20世紀中頃からクラシック音楽の精髄を学び取り、オペラ、バレエ、交響曲等の西洋の様式、形式を取り入れたプロフェッショナルの(西洋の書法の伝統をもった)多量の作品レパートリーを作り上げた、音楽の東西の行動様式を重ね合わせた芸術を作るようになった民族のうちの一つである。
 モンゴルの現代プロフェッショナル音楽が、政治、社会の発展の枠内においても、また演奏し、作品を作るという枠内においても、音楽芸能の中の他の付属するジャンル(アマチュア活動のような大衆音楽の様々な動向)の枠内においても、また専門教育および公教育の枠内においても、その主導権を握る責務を果たしていることに注目してみれば、こんにちの音楽作品の研究を西洋、東洋という2つの観点から分けて行うのではなく、両者を関係付けるところまで広がってきていて、これは明らかに今日的な問題である。
 我々の時代のプロフェッショナルな音楽は何世紀もの間、伝えられ改良されて、古典様式によって成っている西洋のそのような音楽の種類をモンゴルの作曲家が全く新しく自分のものにしモンゴル精神に「順応させた」ことを東洋の観念、音楽の伝統に基づき研究し、実質成果を出してきたのもまた仕方の無いことである。そういったことでモンゴルの音楽に新しく生まれたオペラ、バレエ、交響楽といった種のものは、西洋の土壌・土台の上に一体どんな歴史的状況、美学的要求、観念的裏づけ、芸術の実践に支えられて完成されたのか?ということ、この芸術に沿って音楽理論のどんな感性、システムが構築されたのか?ということを念頭に置き、他方それらの作品の創造者(モンゴルの作曲家)の創作するこの三重奏、哲学、美学的伝統、民族の音楽的感性と結び付けて見て、音楽理論の観点から検討する必要が高まっているのである。
 モンゴルの伝統的な遊牧生活、そこに適した精神と感性の実践、モンゴルの地の四季折々極端に変化する厳しい気候、地理上の様々な特色をもつ構成要素などが音楽性の成果の上に生じた音楽の様々なジャンルが生まれ、発展する土壌なのだ。
 モンゴルのオルティン・ドー、ホーミー、馬頭琴などの伝統芸能、現代音楽の作曲家の作品は自国のみならず海外の一般の評価を得て、研究者や専門家の注目を浴びるようになった。これは才能ある歌手、演奏家、作曲科の功績であるのと同時に、モンゴル音楽構成要素あるいはそれを支えるものとなっている五音音階の音感、およびこれと相関関係にあるモノフォニー・単旋律の特徴的な形態が明らかな要素となっている。しかし音楽理論の裏づけに「音の意味」という概念を「その楽音の使われる状態」と説明しているのは、基本的に音感のシステムをどう理解するかの基準を説明することについて述べている理由だ。上記の基準の説明は五音音階の旋法と単旋律の間の相関関係の規則について特に取り出しての研究を追及することも可能である。
 モンゴルの伝統音楽にみられる五音音階、単旋律について理論研究は、過去には体系的に研究が蓄積されてこなかったし、伝統音楽のジャンル、音楽構造、旋律の類型、民族的特徴など、多くのアプローチを行ってきた研究者たちの調査、考察は理論と実践の両面で貢献している。
 例えば、B.スミルノフ、S.コンドラーチェフ、D.オヨンツェツェグ、L.エルデネチメグ、D.ダシドルジ、S.ツォードル、J.エネビシ、J.バドラー、L.オヨンチメグ、B.エンヘトゥブシンら研究者たちが各々のテーマの範囲内でモンゴルの伝統的五音音階の問題を追究してきた。またB.スミルノフ、D.バトスレンおよびJ.エネビシらのいくつかの著作、S.ソロンゾンボルドの研究では、モンゴルのプロフェッショナル音楽の発展の初期の作品を伝統的な五音音階と結び付けて省察している。
 現代モンゴルのプロフェッショナル音楽の研究はその期間においてそれほど大きく遅れてはいない。モンゴル国において西洋音楽の作曲法を始めて実践した作曲家であり音楽学者でもあったB.F.スミルノフが、旧ソ連で音楽教育を受けた当時のモンゴル人の若い作曲家たちの初期の作品をチェックし、西洋の音楽的伝統をいかに自らのものとしているか、また彼ら自らの音楽的伝統が以下に作品に影響しているかを研究した著作に始まり、音楽学者のD.バトスレン、J.エネビシの共同執筆による20世紀のモンゴルの新しい音楽についての概略、および1989年にモンゴル作曲家同盟が音頭をとり2冊の音楽論集が出版され、またJ.エネビシは1940年代までの新しい音楽の歴史の概観によって学位を取得しそれを出版し、1970年代よりソ連で音楽学専攻の学生を留学させた結果に関して、D.オヨンツェツェグは現代モンゴル音楽の独自の、また他と共通の問題、R.エンヘバザルはモンゴル・オペラの発展について、A.ツェデンイシはS.ゴンチグソムラーの交響曲の音楽様式について、G.ニャムスレンは弦楽四重奏のための諸作品の民族的な形式について、B.バトジャルガルはJ.チョローンのバレエ《職人のハス》について、などといった10人以上の学生がモンゴルの現代音楽の各々重要なテーマについて学位論文を書いたことは(残念なことにこれらの学位論文は全てロシア語で書かれており、いまだにモンゴル語に訳されていない)モンゴルのプロフェッショナル音楽研究に貢献した。
 モンゴルの五音旋法とモンゴルの現代音楽について、筆者自身、三十数年研究を続けていて、現代音楽の作品の素材としての伝統的な音楽の感性、体系、秩序について、および音楽学における民族の科学の感性の進歩に貢献する観点から『音楽用語小辞典』、『オルティン・ドーに関わる伝統的用語研究』を編纂・出版したり、現代音楽の代表的な生涯、作品の素描の上にモンゴル現代音楽の感性の特質、類型を明らかにすることを試みた小冊子を編んだり、モンゴルの伝統芸術の歴史、文化、演奏法や歌唱法についてものしたJ.バドラー、Ts.ダシドラム、N.ノロブバンザドらの著作にアカデミックな序文を書いたり、J.バドラーの『モンゴル民俗音楽』を、彼の家で手稿を見つけ出し編纂、出版したり、彼が高名な歌手のJ.ドルジダグワにモンゴル歌謡の伝統、歌唱法について行った900分に及ぶインタビュー録音を原稿に起こし、本にして出版したり、といったことを行っている。
 筆者は1983年よりモンゴル国の音楽政策の策定、日常業務などの職務を遂行する組織であるモンゴル作曲家同盟の委員長に選出されたが、同同盟の大会(1984年の第4回大会、1989年の第5回大会)の席上で行った口頭発表を現代音楽の日常、作品、音楽家について書いた小論として編集し出版した。
 筆者の研究および観察のレベルの上記の著作は、現代モンゴルのプロフェッショナル音楽が“両翼のある”独立した音楽作品を生み出した民族楽派となっていることを研究するその基盤となった。とはいえこれは西洋音楽理論研究に共通のスタイルの枠組みからそんなに飛躍できていないことによってのみならず、いくつかの点では楽音、スケール、旋法、和声のモデルを道標としながらかなりの点でモンゴルの現代音楽へとむかっていたことは隠しても仕方がない。
 現代モンゴルのプロフェッショナル音楽の楽派の特徴およびその音感の源泉となったモンゴルの伝統音楽の五音音階の本質、単旋律の性質を明らかにするとき、音、旋法、音楽様式についての西洋理論の裏づけ、成果、モンゴル伝統音楽研究の海外および自国の研究者たちのモンゴル民族の伝統的音楽芸術のジャンル、芸能性についておこなった仕事、音についての自然、社会科学的な原理を構成する論文や著書はこの種の研究の土台となっている。
 五音音階、モノフォニーの音楽は朝鮮、中国、日本といったアジアの、およびほかの大陸の多くの諸民族の音楽に共通してみられるものの1つではあるが、モンゴル音楽についていえば、その民族的特徴、独特な言語、民族的様式を成り立たせる基礎構成原理といえるものが存在する。だからモンゴルの伝統音楽の多くのジャンル、中でも古典様式歌謡であるオルティン・ドーの旋律の世に二つとないその優美さ、器楽においては、モンゴル人の英知を注ぎ込んだ馬頭琴の音の計り知れぬ広がり、現代プロフェショナル音楽の作品の際立った新奇さなどを心に刻み、解説する際、なによりもその「生命力」たる五音音階の本質にかんする研究の問題が非常に重要である。
 ペンタトニックを音階組織、イントネーション、音の相互の関係、因果関係、時間・空間の感覚など音楽の基本原理について精査し明らかにする、このことは、モンゴル音楽のどの時代のどんなジャンルに属する音楽をもすべてに対して包括的な研究を行い、解説を加えるのに貢献するものとなるべきだ。
 モンゴル国の芸術学において、中でも音楽学において西洋を東洋と相対するものとみなすこと、自民族優越主義に陥ること(プロパガンダや広告媒体においてこのようなことが起こりうることは否定しないが、学問研究においてはこれによって得るところは少ない)、さもなくば東洋と西洋の発達の実りとなった作品を一面からのみみて、ひとつの体系に押し込めてしまおうとする動きがいくつかの面で注目されている事態を何とかして減らし、対立させるのではなく結合させる、もっといえば互いに連関させて捉えることこそアクチュアルな作業となっている。そもそもモンゴル音楽におけるペンタトニック・システムと西洋のディアトニック・システムはそれぞれ独立して存在するシステムであることについて、音楽の基礎理論の面から比較し、それらのシステムがモンゴル国のプロフェッショナル音楽の作曲家の作品にどのように反映されているかを周知のかつ共通する技法に合わせて整理する必要が出てきている。
 実際西洋人が東洋人に対し悪い印象をもったり誤った理解をしたりする法はない。わが民族が他の民族より優位であると裏付けられなければならないということもまたありえない。ここ何年間にもわたって西洋中心主義が支配的であったその強い影響から脱しようという試みが盛んに行われていることは、逆に東洋を西洋より上に位置づける新しいタイプの「中心主義」の方へ揺り動かしてしまうという欠点もある。西洋においても西洋中心主義が支配的であったことを認め、東洋の知識体系の研究に今もって努めている点に注目すべきである。
 音楽理論にあらわれる感覚については、西洋において東洋に劣らない大きな蓄積ができていて、ここ300年近くの間に世界中の音楽の理論と実践を占める土台となっていたことに、また、この音楽が現在でも世界中で確固たる地位を築いていることによっている。そのため西洋音楽理論の範疇の中で、モンゴル音楽の体系を学ぶ教科書の内容の基準が定められてはいけないことに注意し西洋音楽理論の主要諸問題(もちろん研究に包含されている旋法、音楽様式の枠組みから外れることはない)について研究していることは無駄ではない。
 モンゴル音楽学において理論関係の専門用語は全く統一されておらず、民間に伝承されてきた語(shudrakh(シュッとこする)、duniaruulakh(まどろむ)、toirokh(巡る)など)、仏教哲学から伝播した(ヤンイグ(チベット仏教音楽の記譜法)、声明、tatakh ayalguu(引く旋律)、urwuulakh ayalguu(引き返す旋律)など)用語、西洋音楽の(ラド・トナリノスチ、モドゥス、・・・・、ニュアンスなど)用語は専門的な研究の中でごちゃまぜに使われている。一方、音楽の専門教育においては外来語が我が物顔をしているが、これには歴史的な事情がある。
 音楽用語とは特定の明確な意味を持って定義づけされ使われるべきである。基本的にその定義された意味は重複した意味をもたず導き出される理解の本質を含んでいるところにある。筆者のこのような考えは音感の理論付けを目指した本書にも反映されていることを強調したい。
 モンゴルの伝統的な五音音階の旋法の規則を西洋の平均律を研究する方法から逃れ、自らの内的蓄積によって顧み、全く新しい用語法、理論の新しい結論に達するのに研究活動が方向付けられてきたことも記しておきたい。
 西洋音楽学の著作の中で、モノフォニーを理論的に扱いながら西洋中心主義的な見解が支配的だった時期、この音楽様式が西洋クラシック音楽において中世には大きな役割を担っていたように、さもなくばプロフェッショナルな音楽が発達していない諸民族の民俗音楽が発達の「かなり低い」段階にあるみられていたようであったのが、近年よりモノフォニーが音楽思想の独立した現象、規則となるのを受け入れる方向になってきている。しかし西洋の理論の考え方にしっかりと根付いている和声、ポリフォニーの理論と多くの面で対等な規則となるためには、理論の水準の点でまだまだ洗練されていない。
 実際、本書の理論的基礎、その記述、裏づけ、結論のひとつのポイントとなるのは、その理論がいかに未発達かを示すことではなく、自然環境、人間、空間、時間などと多くの紐帯で結びついている音楽の思想が独立した領域であることを明らかにしようとしているところである。
 科学とは自然・社会・人間という環の中に存在する形而上のおよび形而下の物事を知ろうとする試みをまとめたものである。これらの試みを受け取って咀嚼し、裏付けを取り、またそれに反論するのだ。根拠ある反論はそれだけで科学的である。本研究がそのような反論のたたき台となることを筆者は望んでいる
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Yapony Bagsh

Author:Yapony Bagsh
Welcome to the world of Mongolian music! I've studied Mongolian language and musical culture in Ulaanbaatar(the capital of Mongolia) for one year. I hope you enjoy various music of Mongolic peoples.

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