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モンゴル国初の近代劇場「緑のドーム」

 現在スフバートル広場に面した東側にオレンジ色の立派な建物があります。モンゴル国立歌劇場です。毎週末モンゴル人の作品や名作オペラ、バレエが上演される、モンゴル国のハイカルチャーの中心です。
 この建物が実は第二次世界大戦でソ連軍により捕虜となった日本兵がモンゴルにまで連れてこられて、その強制労働の一環として建設に携わった、と言う話はあまりにも有名です。
 しかし、ではこの建物は誰が設計したのかというと、実は捕虜を配分したソ連ではありません。なんと設計もドイツ人の捕虜で、ゲルハルト・コゼルという人物でした。
 この劇場のできる前、ほど近い場所に、人民娯楽場・通称「緑のドーム」という初代国立劇場がありました。モンゴルの伝統的な住居「ゲル」を思わせる建物で、大きな緑色のドーム型の屋根を持つ、独特な姿の劇場でした。
 この劇場もモンゴル人やロシア人の設計ではありませんでした。1927年に杮落としだったのですが、設計はなんとハンガリー人で、ヨーゼフ・ゲリタという人の手によるものでした。
 内装こそロシア人クリモフ・キポメラツェフとモンゴル人画家ソヨルトイ(しかし彼も内モンゴル出身で、なんと体育教師でもあった)でしたが、建設作業の中心となったのは中国人の建築業者だったという、なんとも国際色豊かな建造物と言えましょう。
 ナツァグドルジの戯曲をオペラ化した《悲しみの三つの丘》の初演もこの劇場で行われたのでした。またモンゴル国で初めてオーケストラが鳴り響いたのもここです。
 民族性と近代性の融合が試みられたこの劇場は1949年に火災で失われ、モンゴル国の舞台芸術の近代化は現在の歌劇場によって受け継がれることになります。
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チンギス・ハーンお抱えの伝説的楽士は実在したか

 モンゴル国を代表する文学者の一人だったTs.ダムディンスレンの編んだ『モンゴル文学の精髄百の知存在す』という文学選集に、チンギス・ハーンおかかえの馬頭琴弾きの話が出てくる。
 チンギスの妻が朝鮮遠征から中々帰らず、3年たっても便りをよこさない夫を呼び戻すために、宮廷楽士アルガスン・ホールチ(ホールチとは楽器奏者)を遣わした。アルガスンは長旅の末、チンギスの野営に辿り着き、他の者に理解できないよう夫人の言葉を隠しメッセージとして入れた詩を吟じた。チンギスのみはこれを理解し、すぐに夫人の許へ帰った。同じく王宮に戻ったアルガスンはしたたかに酔い、チンギスの「黄金のホール(ホールは楽器のこと)」を取ってしまう。その所業はすなわち死を意味した。処刑のため衛兵が遣わされたが、彼らはアルガスンを憐み、処刑の命が下ったことを知らせ、早急にチンギスに許しを請うよう助言した。アルガスンは再び御前でお詫びの気持ちを詩にのせて吟じ、いたく感じ入ったチンギスはこれを許したという。
 この話は中世モンゴル民族の音楽に対する考え方を示す逸話として音楽学者のS.ツォードルやJ.エネビシらが引用したりして広まった。
 このエピソードは、『元朝秘史』ではなくロブサンダンザン著の『蒙古黄金史(アルタントプチ・17世紀成立)』から引用された。だが、この話は全く馬頭琴とは関係なく、アルガスンはチンギスの弓弾き(ホルチ)で、盗ったのは「黄金の弓矢(アルタン・ホル)」だったというのが真相のようである。
 実はダムディンスレンがモンゴル文学選集を出版する際に利用したのは17世紀に書かれた手写本ではなかった。使われたのは19世紀にドイツ人学者I.J.シュミットによる写本だった。この写本ではアルガスンの職業がホールチ(楽器奏者)なのかホルチ(矢筒を持つ者)なのか、どちらにでも読めるという。
 Sh.ガーダムバの研究によればオリジナルのテキストは「ホルチ(矢筒を持つ者)」であり、この弓取りのエピソードは『元史』などにも出てくるという。またG.カラによれば「ホル」という単語は当時は矢筒という意味で非常に一般的な語だったという。
 結局ダムディンスレンは、本当は「ホルチ(矢筒を持つ者)」と書いてあったのを写本のせいで誤読してキリル文字転写した可能性が高い。したがって、モンゴル音楽を学ぶ人々の間でよく知られたこの逸話も、誤解の産物であり、モンゴル人ナショナリストの言う馬頭琴の起源は中世、という説は全く根拠を失うと言ってよい。
参照:•Marsh, Peter K. The Horse-head Fiddle And The Cosmopolitan Reimagination Of Tradition in Mongolia. New York:Routledge, 2009.
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Yapony Bagsh

Author:Yapony Bagsh
Welcome to the world of Mongolian music! I've studied Mongolian language and musical culture in Ulaanbaatar(the capital of Mongolia) for one year. I hope you enjoy various music of Mongolic peoples.

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